紫陽花 (お侍 拍手お礼の四十)

       〜 お侍extra  千紫万紅 柳緑花紅より
 


絶え間なく響くは雨の音。
時折雨脚の勢いが増すたびに、
古ぼけた四阿
(あずまや)の、おざなりな庇を叩く音が、
かたかた・ぱたたっと堅く立つ。
不意な風雨に降りかかられて、
雨宿りにと軒を借りたは、
ほぼ吹き抜けも同然の、屋根だけがある野外の庵。
さして濡れぬまま駆け込めた身にはありがたく、
連れが“空が明るいからすぐにも弱まろう”というので
行くか留まるか、今は様子を見ているというところ。

 「…。」

さあさあという耳なりのような雨音の中、
垂れ込める空気は少し冷たくて。
だが、冬場のそれのよに刺すほどではなく。
手入れの入らぬままらしき、奔放な茂みに青々と、
張りのある大きな葉が幾重にも重なっているのが、
雨に打たれても妙に威勢が良くての頼もしく。

 「紫陽花だ。」
 「あじさい?」

うむと頷いた壮年の連れが、別の茂みを目線で示した先には、
成程、淡い紫の瓊花
(たまばな)が、
子供が忘れていった手鞠のように据わってる。
それをさしての言だろう、
低く響いて味のある声が、すぐの間近で紡がれて。

 「あれはな、実は花ではない。」
 「?」
 「花びらを支える萼
(がく)という部分なのだ。」

雨を受けて深みを増した緑の中、
繊細あでやかな色みも絶妙な、いかにも可憐な存在が、
だのに花ではないとは信じがたく。

 「???」

だがだが、この男は妙なことへと詳しいし、
四方山咄ならともかくも、
オチのないこの手のことへわざわざ嘘はつくまいから。
ああまで丈夫立派な葉があって、
ならば花も釣り合った大ぶりなのが咲いて当然だろに。
なのに花ではないとは奇妙なことがあったものよと、

 「…。」

ただ載せ置いていただけの視線が吸い込まれたは、
ああ、懐かしい色だと気がついたから。
暖かくていい匂いがした優しいお人の羽織っていたもの。
ああそうだったと つい見とれておれば、

  ―― ぱさりと

こちらの肩へ掛けられたものがあり。
おとがいから肩への細さ薄さ、
日ごろならすっきり見えて凛と麗しいそれが、
今は やや項垂れての、いやに頼りなく見えたらしい。
馴染みある精悍な匂いのする布、
まだ温みの残る誰かさんの襟巻きだと気づき、

 「…。」

警戒なぞ論外、意地を張るのも…今は不要と、
長くて大きめのそれへ手を掛けると、
具合よく くしゃくしゃとたわませて、
首回りを埋め、肩先覆わせれば、

 「…っ。////////

堅い温もりに背を抱かれ、
腹あたりを見下ろせば大ぶりな手。
上背のある連れから、
そのまま懐ろへ取り込まれたのが判って。

 「…。」

断りもなくと思ったのも一瞬。
こちらの髪へと頬を当てる感触がし、
ああ、こやつもこの自分で暖を取っておるのだと思えば、
許してやろうぞと寛大にもなれる。

  ―― さあさあと、雨の音
      淡い灰色の空と、濡れ土の匂い

そういえば遠い日にも、
自分の身くらい自分で構えと、
いつもいつも怒りながら、
いつもいつも気遣ってくれた友をふと思い出す。
こうまで構ってはくれなかったが、
それはそれこそ、
こちらがあまりにすげなかったからかも知れずで。
いつも冷たい手をしていることを、
七郎次より前に、案じてくれていたのも彼だったっけ。

 「………雨は。」
 「んん?」
 「嫌いではない。」
 「さようか。」

唐突な呟きを、だのに、
冷たいのにかと問うでなし、
どこが気に入りかと訊くでなし。
だのに、余韻が温かなのは、
受け取ってのそのまま よしよしと、
言いようごと慈しんでくれる気配があるからで。
あの彼も、こんな風に受け止めんとしてくれていたのだろうか…。

 「…?」

そんなこんなと思っておれば、
不意に、こちらを囲う腕へと力が籠もる。
見下ろした手へと触れても緩まりはせず、

 「島田?」

肩越しに見上げれば、勘兵衛の視線。
少々堅いその表情には 熱があるやらないやら、
こちらの心持ちでどうとも取れそうな色合いの視線。
もしやして、
瓊花を眺めていただけではないこと見透かして、
それを遮りたかった、打ち払いたかった彼なのか。

 ―― だとしても

今ここには居ないのに。
この彼と久蔵しか居ないのに。
それでも嫌かとまで気づくには、
心の機微の蓄積も錯綜も
まだまだ足らぬ、うら若き供連れ。
頼もしい連れ合いが、
実は時折 悋気を抱くなど気づきもしないで、
戸惑い顔になるばかり。
そんなお顔の細い顎、
大きな掌が包み込んでの下から掬い上げ、

 「………。」

雨に打たれて揺れる青葉が、
どうどう・よしよしと宥めかける気配に気づくまで。
口許塞いでの声から意志から、
その総身を取り込まんとする甘い束縛、
ほどけることはなかったそうな……。






  〜Fine〜 08.6.03.


  *梅雨寒を憂いて書きました。
   収納する頃は真夏でしょうかね。
   シチさんとの甘甘もいいですが、
   たまにはおさまに、
   男らしくも強引なところを見せていただきたいとvv
   そうそういつもいつでも
   達観した“いい人”ってばかりじゃあありません、はい。
(苦笑)

めるふぉvv めるふぉ 置きましたvv **

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